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【弁護士の小話】マルメラードフの独自

 ”マルメラードフ”と聞いてピンとくる方はロシア文学になかなか造詣の深い方、「それって一体何者?」という方も結構居られそう(特に若い方に)。マルメラードフとは、あのドストエフスキイの『罪と罰』の金貸しの老婆殺しのラスコーリニコフの魂をきよめ改心に導いた俗にいう聖なる娼婦ソーニャの父である。

 疲れ切ったラスコーリニコフが二日酔いの頭で場末のとある薄汚い酒場に入って出会ったのが、飲んだくれの退職官吏マルメラードフで、彼の語る人生は、凡そこの世で最も劣等極まりない最低のものであった。彼は、酒のため職を失い、貴族の出で気位ばかり異常に高い肺病やみでヒステリーの後妻カテリーナと、その多くの連れ子を抱えながら、家中の物をアルコールにに変えて飲み潰れ、酒場の親父からも罵倒されるような「ダメ人間」の典型である。

 その一家の貧窮を支えているのが先妻の子ソーニャで(まさに「掃き溜めに鶴」である)、一日中針仕事で働きずめでもいくらの縫い賃にもならず、挙句の果てに、食いつめた一家のためにと継母のカテリーナから、邪険にも、体を売って日銭を稼いで来るように命是られ、泣く泣く(今日びの『援助交際』のギャルどもとは違うのだ!)生まれて初めて体を売り、それで得た30ルーブルの銀貨を黙って継母の前に差し出して泣き崩れてしまった。

 ドストエフスキイはマルメラードフに次のように語らせる。「神様はたった一人の審判者だ。最後の日には来てこう尋ねて下さるだろう…『意地の悪い肺病やみの継母のために、親身でもない小さい子供たちのために、自分を打った子は何処じゃ。人の世で、自分の父を、やくざ者の酔いどれを、その無動を恐れずに情けをかけた娘は何処じゃ。』そして仰るには『来れ、汝の多くの罪は許されるのじゃ。汝は多くを愛した故に』そしておれのソーニャを許してくださるの、許して下さるんだ。俺はもうちゃんと知っているんだ。」(中村白葉氏訳)

 マルメラードフは犯罪者でこそないが社会の落伍者であり、我々が刑事裁判の法廷で見る被告人の中には、マルメラードフに近い人々が沢山いる。確かに世の中には貧乏な環境の宿命を背負っていたり、頭が悪かったり、醜かったり、無能だったりという人々がいて、こういう人々が、世間に言う立派な人は言うに及ばず人並みの人になることすら不可能で、人に蔑まれ、足蹴にされ、憐れまれて一生を送ることになり、その一生は、形式的には、義人の一生はおろか、善人の一生にも凡人の一生にもなり得ないだろう。しかし、その逆に、立派だと言われる人々は、たまたま少しばかり頭が良かったり、意志が強かったり、体が丈夫だったり、要領が良かったり、親が金持ちであったりしただけで、彼らもしくは彼女らは、大抵保身に憂き身をやつしているだけなのかも知れない。

 成功・不成功や幸・不幸、人間の眼に映る善悪の世間的・社会的評価は、人間に対するキリストの評価とは根本的に違う。大切なことは『愛』ただ一つである、とキリストは教えた。

 ドストエフスキイがマルメラードフの独白を通して世に訴えたかったことはそのことではあるまいか。

 文豪ドストエフスキイの名作『罪と罰』中のこの一節は、凡百の神父・牧師の説教の何百倍もキリストの教えの本質をついているように思われる。

 人間の弱さを知り、他人の心の痛みを忘れないこと、我々になし得るのは、法秩序の維持者として人間の社会の最低限のルールを守らせるべく努めることであって、かりそめにも『天に代わりて不義を撃つ』というような昂りに陥らないことが、我々の仕事に当たる際に常に心すべきことではなかろうか。

 

 

 

東京大学法学部司法学科卒業。最高裁判所司法研修所修了後、裁判官に任官し、横浜地方裁判所、名古屋地方裁判所家庭裁判所豊橋支部、横浜地方裁判所家庭裁判所川崎支部判事補、東京地方裁判所家庭裁判所八王子支部、浦和家庭裁判所、水戸地方裁判所家庭裁判所土浦支部、静岡地方裁判所浜松支部判事。退官後、弁護士法人はるか栃木支部栃木宇都宮法律事務所勤務。

裁判官時代は、主に家事事件(離婚・財産分与・親権・面会交流・遺産分割・遺言)等を担当した。 専門書の執筆も多く、 古典・小説を愛し、知識も豊富である。 短歌も詠み歌歴30年という趣味も持つ。栃木県弁護士会では総務委員会に加入している。